読書する脳
毛内拡 · 2025
読書と脳の関係について。著者が紙の本を強く支持していることははっきり伝わった。紙の本は、記憶の定着や想起のしやすさという点で、デジタルより有利だという。ページをめくる感覚や、読んでいた位置、物理的な厚みといった要素が、記憶の手がかりになる、という説明だったと思う。
ただ、個人的には、紙の本のほうが明確に覚えやすい、あるいは思い出しやすい、という実感は今のところあまりない。研究としてはそうなのかもしれないが、少なくとも自分の感覚とは少し距離があった。記憶を呼び起こすトリガーは、本という物質から得られる体験に限らないのではないかとも思った。デジタルで読んでも、読んでいた場所や、そのときの気温、匂い、天気、気分などと結びついて内容を思い出すことはあると思う。
一方で、読書は持続的で深い充足感を生み出す、という点はすんなり受け取れた。常に強い高揚感があるわけではないが、後から振り返ったときに、確かに何かが残るときはある。
印象的だったのは、直前に読んでいた『無』という本と、脳の話題がいくつも重なったこと。デフォルトモードネットワーク、ヒューリスティックなど扱っているテーマに共通点が多かった。『無』ではDMNを抑える方法として瞑想が語られていたと思うけど、この本では読書という行為がその文脈に置かれている。目的やアプローチは違うものの、脳の特定の状態が過剰になることが、あまり好ましくない、という理解は共通している。
最近、気になることは、どんな情報を自分の脳に入れるかということだ。 それを自分で選んでいるのかどうか、という点も含めて。毎日、無意識に大量の情報を取り込んでいる中で、その一つ一つが、思考や感情に影響しているかどうか自覚はない。ただ、食べたもので身体が作られるように、取り入れた情報でわたしの思考や感情が作られる、と考えることはできる。そう考えると、無自覚に質の低い情報を受け取り続けることは怖いことだと思う。 本書では主に読書という「行為」の優位性が語られていたが、情報の質という観点でも、本を読むことには一定の強さがあるように思える。出版される本は、多くの人の目を通し一定の精査を経た情報だからだ。
情報を取り入れるという行為そのものや、その質について意識的に取捨選択をしていきたいと思う。
読んだ日: 2026/01/30