無(最高の状態)

鈴木祐 · 2025

書かれている内容は脳科学をベースにしているが、まったく初めて触れる考え方というより、これまでスピリチュアルや哲学の文脈で語られてきた話と、かなり重なって見えた。 たとえば、ホ・オポノポノやアカシックレコードのような考え方。人は個人的な記憶だけでなく、もっと大きな「記憶の層」のようなものを無意識に参照し、過去の体験や感情を再生している、という説明。あるいは、タフティのように、人生を一本の映画の再生にたとえる話。 どれも共通しているのは、私たちは現実をそのまま見ているのではなく、脳内で作られた映像や物語を、現実だと思い込んで生きているという前提だと思う。本書はそうした話を、スピリチュアルな言葉ではなく、脳の仕組みとして説明している。集合意識や記憶の浄化といった表現で語られてきたものが、ここでは予測や認知の仕組みとして整理されている。 人の脳は、世界を一から正確に認識しようとはしない。それにはエネルギーがかかりすぎるから。代わりに、これまでの経験をもとにたぶんこうだろうという予測モデルを作り、現実との差分だけを確認しているらしい。だから、事実を事実のままあるがままに見るということは、そもそも脳の得意分野ではなさそうだ。仏教やヨガ哲学で、繰り返し「あるがままに見なさい」「今ここにいなさい」と言われてきた理由はここにあるのだと思った。あるがままに見られない、今ここにいられないのは、能力が低いからでも、意志が弱いからでもない。シンプルに脳がそういう作りになっていない。そう考えると瞑想という行為の位置づけもはっきりする。瞑想は、特別な境地に到達するためのものというより、 事実を事実として見ること、今起きていることを今起きていることとして感じることを、繰り返し練習するトレーニングなのだと思う。呼吸を見る。身体の感覚を見る。それを毎日淡々と続ける。脳が自動的に作り出す解釈や物語にから少し距離を取って、事実を在るがままみる練習。 瞑想やヨガは、人間の認知の癖を前提にした実践的な練習方法なのだと改めて感心した。

読んだ日: 2026/01/31